
紅葉狩りって、なんで「狩り」って言うんだろう?って気になりますよね。
だって、別に動物を追いかけるわけでもないし、葉っぱを切り倒すわけでもない。
ただ見て楽しむだけなのに「狩る」って、ちょっと物騒というか、違和感ありませんか?(私も子どものころ、初めて聞いたとき「葉っぱを狩るの…?」って真顔で考えてました)。
この記事を読み終わるころには、「あー、そういう意味だったのか!」とスッキリして、今年の紅葉狩りがちょっと楽しみになるはずです。
誰かに話したくなる豆知識として、ゆるっと一緒に見ていきましょう。
紅葉狩りの狩りは自然のなかで美しさを探して楽しむという意味
紅葉狩りの「狩り」は、動物を捕まえるという意味ではなく、自然のなかを歩いて、美しいものや旬のものを探して楽しむことを表しています。
物騒な意味でも、葉っぱをむしり取る意味でもないので、安心して使ってくださいね。
むしろ「狩り」という字が入ることで、ちょっと風流で雅な雰囲気がただようんです。
(意味を知らないうちは、なんとなく言いにくかったんですけど、わかってしまえば堂々と「紅葉狩り行こうよ〜」って言える)
狩るという言葉が見て楽しむ意味へと広がっていった理由
「狩り」と聞いて動物を思い浮かべる感覚は、けっして間違いじゃありません。
ただ、日本語の「狩り」は、時代を経るなかで意味がじわじわと広がっていった言葉なんです。
ここからは、なぜ紅葉に「狩り」がついたのか、その流れを順番に見ていきますね。
もともとは動物を追いかけて捕まえる意味から始まった
「狩り」のいちばん古い意味は、たしかにイメージ通りで、シカやイノシシなどの動物を追いかけて捕まえることでした。
生活のために必要な行為で、人々が山に入って獲物を得る、そのものズバリの言葉です。
ここまでなら「狩る」って物騒、というイメージとも合いますよね。
動物以外の自然のものを採ることにも使われるようになった
時代が進むにつれて、「狩り」は動物だけじゃなく、山や野に入って、自然のなかから何かを探し求める行為全般を指すようになりました。
きのこを採るのも狩り、貝を採るのも狩り、というふうに、対象が広がっていったんです。
「自然のなかに分け入って何かを得る」という共通点でくくられるようになった、というイメージですね。
平安貴族が花や紅葉を楽しむ行為にも狩りを使った
そしてここがいちばん大事なポイント。
平安時代の貴族たちは、自然のなかで花や紅葉を眺めて楽しむことを、わざわざ「狩り」と表現しました。(花や紅葉を狩る…って、貴族のセンス、なかなかロマンチックですよね)
当時の貴族は自分の足で歩くこと自体が珍しかった
平安貴族にとって、自分の足で野山を歩くことは、あまり上品な行為とはされていませんでした。
基本は牛車に乗って移動する人たち。
だから、わざわざ外に出て、自分の足で花や紅葉のもとへ歩いていくこと自体が、ちょっとした「特別な行事」だったんです。
そこで使われたのが「狩り」という言葉。
自分の足で出かけ、自然のなかから美しいものを探し求める、というイメージを込めて「狩り」と呼んだとされています。
枝を手折って持ち帰る習慣も狩りという言葉と結びついた
もう一つの説として、当時の貴族は紅葉した枝を実際に手折って持ち帰り、屋敷で愛でていたとも言われています。
手に取って「採る」行為が伴っていたから、「狩り」という言葉がしっくりきた、という見方もありますね。
ただ眺めるだけじゃなく、ちゃんと自分の手で持ち帰っていた、と聞くとなんだか親近感がわきます。
去年の秋、京都の東福寺へ紅葉を見に行ったんですけど、隣にいた小学生くらいの男の子が「ねえママ、葉っぱ狩るの?」って真剣に聞いていて。
横で聞きながら、私も昔まったく同じこと考えてたなぁって、思わず笑ってしまったんです。
意味を知る前と知った後では、同じ景色でも見え方が変わるから不思議。
「自然のなかで美しいものを探しに来たんだ」って思いながら歩くと、足を運ぶ一歩一歩がちょっと愛おしく感じられました。
狩るが見て楽しむ意味で使われている他のシーン
紅葉狩りの「狩り」は、実は他のいろんな言葉にも残っています。
並べてみると、「あ、たしかにこれも狩りだ」と納得しやすいので、いくつか紹介しますね。
いちご狩りやぶどう狩りなど果物を採る場面
いちご狩り、ぶどう狩り、みかん狩り、なし狩り。
これ、全部「狩り」がついていますよね。
果物を木やハウスから採って食べるのは、まさに「自然のなかから美味しいものを探して手に入れる」行為。
動物を捕まえるわけじゃないのに「狩り」と呼ぶのは、紅葉狩りと完全に同じ理屈なんです。(いちご狩りを「いちご摘み」って言わないところ、考えてみるとちょっと不思議ですよね)
潮干狩りやきのこ狩りなど採取する場面
潮干狩り、きのこ狩り、山菜狩りも仲間です。
自然のなかに出かけて、季節のものや旬のものを探して楽しむ、というニュアンスがしっかり残っています。
これらは食べるための採取ですが、紅葉狩りは「目で楽しむ採取」みたいなものだと思うと、意外と感覚が近いんですよね。
桜狩りという言葉が昔は使われていた
これは意外に知られていないんですが、昔は桜を見に行くことも「桜狩り」と呼ばれていたそうです。
今でいうお花見ですね。
時代が下るにつれて、桜は「お花見」、紅葉は「狩り」というふうに言い方が分かれていったとされています。
同じ「見て楽しむ」行為なのに、片方だけ「狩り」が残ったのも、ちょっと面白いところです。
使うときに気をつけたいポイント
ひとつだけ気をつけたいのが、「狩り」という言葉は、文脈によっては今でも動物を捕る意味で使われるということ。
たとえば「鹿狩り」「猪狩り」となると、これは昔ながらの本来の意味で、命をいただく行為を指します。
なので、「狩り」という字を見たら、対象が「動物」か「植物・自然のもの」かで意味がガラッと変わると覚えておくといいですね。
紅葉狩りや果物狩りは、楽しむための「狩り」。
物騒なほうの意味と混同しなくて大丈夫です。
紅葉狩りの狩りは風流に自然を楽しむための言葉
ここまでをぎゅっとまとめると、紅葉狩りの「狩り」は、もとは動物を追いかける意味だったのが、自然のなかで何かを探し求める意味に広がり、平安貴族の風流な遊びとして「紅葉狩り」という言葉が定着していった、というお話でした。
葉っぱをむしったり、何かを傷つけたりする意味ではなく、「秋の自然のなかに分け入って、美しい色を見つけにいく」という、なんとも風情のある言葉なんです。
意味を知ってから紅葉狩りに行くと、ただ景色を眺める時間が、ちょっと特別な「探しに行く時間」に変わる気がします。
今年の秋、紅葉を見にどこかへ出かける予定があるなら、ぜひ一緒にいる人にもこの話、こっそり教えてあげてください。
「へえ、そんな意味だったんだ」って、ちょっと会話のきっかけになるかもしれませんよ。
お気に入りの一枚を見つけに、のんびり歩いてみるのも素敵な時間になりそうですね。